埼玉大学教育学部の同窓会 『教友会』 では、会員の皆様が交流を深める場として積極的に活動しています。

教友会Q&A

これは、会員の方から寄せられたご質問の中から、主なものについて回答するものです。同じような内容の質問も多いのですが、それぞれ単独で読まれると思いますので、内容が一部重複することもあります。ご了承ください。(以下の内容は令和7年12月24日現在です)

【教友会の歴史関係】
 Q1.名称
 Q2.創立の歴史
 Q3.卒業生の人数

【入会手続き・特典】
 Q4.終身会費の納入(会費の使途)
 Q5.終身会員の特典
 Q6.入学時以外での入会手続き
 Q7.総会への参加
 Q8.学年理事の役割と選出手続

【卒業5X周年同窓会】
 Q9.卒業5X周年同窓会(の始まり)

【会員名簿】
 Q10.卒業生の名前の掲載
 Q11.会員名簿発行の手順
 Q12.会員名簿の購入

【ホームカミングデー】
 Q13.主な内容
 Q14.令和3年の「埼玉大学の今昔」の内容
 Q15.梶田隆章氏のコーナー
 Q16.埼玉大学創基150周年記念事業の特別講演の内容
 Q17.埼玉大学創基150周年記念年表の設置場所と内容

【その他教友会関連】
 Q18.埼玉大学同窓会との関係
 Q19.常盤キャンパスについて
 Q20.北浦和キャンパスについて
 Q21.野口源三郎氏と教友会の関係
 Q22.埼玉県のサッカーと埼玉師範学校の関係

Q1.以前、会の名称は「埼玉大学教育学部同窓会(教友会)」でした。最近は、「教友会(埼玉大学教育学部同窓会)」という表記になっています。どうして変わったのですか。

昭和24年5月、埼玉大学は教育学部(埼玉師範学校、他)と、文理学部(旧制浦和高等学校)の2つの学部で開学しました。しかし、この時点では、埼玉師範学校・埼玉女子師範学校・埼玉青年師範学校には、まだ学生がおりました(埼玉縣師範学校・埼玉縣女子師範学校・埼玉縣青年師範学校は、昭和18年・19年に「縣」がとれて官立となりました)。

昭和26年3月13日、それぞれの師範学校の学生が卒業したのを機に、各学校の同窓会を解散し、これまでの同窓会を母体として、埼玉大学教育学部としての同窓会が設立されました。その時の名称は「埼玉大学教友会」でした。

その後、昭和40年ごろ、埼玉大学では大々的に学部改組が行われ、キャンパスも大久保の地に移転しました。学部も、教育学部以外に、教養学部、経済学部、工学部、理学部が誕生し、それぞれの学部に同窓会ができ始めました。

そして、平成11年の総会で、「埼玉大学教友会」から「埼玉大学教育学部同窓会(教友会)」に改名されました。一貫して使われていたのが「教友会」だったため、( )書きで残しました。

このような経過もあり、会の名称を、会則上からも改名しました。

旧会則では、

「第1条 本会は埼玉大学教育学部同窓会(教友会)と称する。」

とありましたが、令和2年の総会において、会員が広く使っている呼称を生かすこととし、会則第1条を次のように改定しました。

「第1条 本会は教友会(埼玉大学教育学部同窓会)と称する。通称として、教友会を使用することができる。」

上記の理由から、教友会(埼玉大学教育学部同窓会)が会則上の名称ということになり、通称として「教友会」を使用することになりました。

Q2.教友会(埼玉大学教育学部同窓会) は、創立されて何年ぐらいになるのですか。

埼玉大学教育学部は、昭和24(1949)年に創立され、令和元(2019)年度には、創立70周年を迎えました。埼玉大学教育学部同窓会は、大学教育学部開学後最初の卒業生が誕生した時に設立されましたが、Q1でも示しましたように、新設ではなく、埼玉縣師範学校同窓会、埼玉縣女子師範学校同窓会、埼玉縣青年師範学校同窓会を廃止し、すべてを統合して設立されたものです。 埼玉縣師範学校が開校されたのは、明治7(1874)年ですから、その時から計算すると、令和6(2024)年には、150周年を迎えた歴史ある団体ということになります。

  • 埼玉縣師範学校(明治7年開校)
  • 埼玉縣女子師範学校(明治34年開校)
  • 埼玉縣青年師範学校(大正11年開校)
  • 埼玉大学教育学部(昭和24年開学)

埼玉縣師範学校と埼玉縣女子師範学校は昭和18年に、埼玉縣青年師範学校は昭和19年に「縣」がとれて官立になりました。

教友会(埼玉大学教育学部同窓会)

  • 埼玉縣師範学校

  • 鳳翔閣(Q19・22を参照)

  • 埼玉縣女子師範学校

  • 埼玉縣青年師範学校

  • 現在の埼玉大学大久保キャンパス

Q3.これまでに、埼玉縣師範学校から現在の埼玉大学教育学部までの卒業生は、何人ぐらいになるのですか。

埼玉大学教育学部の設立は、昭和24年ですが、大きく3つの学校が一つとなり、同窓会を設立したことは、Q1、Q2でも述べました。

明治以来、卒業生の氏名は1冊の名簿に掲載され、5年ごとに刊行されてきました。卒業生台帳ではありませんので、すべて掲載されているわけではありませんが、種々の記録から分かる卒業生は、次のとおりです。(2025.5.1現在「埼玉大学概要」より)

埼玉縣師範学校の卒業生7,529人
埼玉縣女子師範学校の卒業生4,284人
埼玉縣青年師範学校の卒業生715人
幼稚園養成所卒業生133人
埼玉縣立養護教諭養成所卒業生105人
埼玉大学教育学部卒業生(院生を含む) 34,037人
卒業・修了生の総数は46,803人
埼玉大学教育学部学生・院生・(在学中) 1,718人

在学生を加えますと48,521人にもなります。

尚、埼玉縣師範学校と埼玉縣女子師範学校は昭和18年に
埼玉縣青年師範学校は昭和19年に「縣」がとれて官立になりました。

Q4.終身会費は、全員が納入しているのですか。また、会費は何に使われているのですか。

【会費の納入について】
平成16年度から、入学する学生の皆さんに会費を納入していただき、終身会員登録をお願いしております。以下の【会費の使途について】に記載のとおり、会の運営には相当な経費を必要としますので、原則として、全員の方に終身会費を納入していただきたく、お願いをしているところです。

会則にもありますように、本会は「会員相互の親睦を厚くし、併せて教育の振興を図ることを目的」としております。

一例ですが、卒業後5年ごとに同窓会の開催が可能となるよう「卒業5X周年同窓会」開催への補助を行っており、職業に関わらず、埼玉大学教育学部で学んだ卒業生の皆さんが親睦を深める機会になっています。
 また、教育の振興に関わって、学生の皆さん向けに、教員採用試験対策として、DVD視聴ができるように支援もしています。詳しくは、以下の【会費の使途について】をご覧ください。

<入会手続きの経緯>
教友会が、会員から会費を徴収して運営するようになったのは、昭和30年ころからで、それまでは、少人数で運営されていました。そして、会報「教友」を発行し会員に送付するようになったのが、昭和31年の創刊号からでした。

記録によりますと、県内を17の支部に分けて集金し、班のチーフの方が、班常任委員として、会費を取りまとめて、事務局に納めていただいておりました。

平成15年度までは、年会費500円、5年会費2,500円で運営しておりました。その後、平成16年度からは、入学時点で終身会費として、15,000円を納入していただく方式に改められたのを期に、平成15年以前の入学者には、終身会費として、10,000円を納めていただくようになりました。

さらに、平成30年度の入学生(院生を含む)からは、学部ごとにばらばらだった同窓会費を、一律30,000円に増額・統一して納入していただく方式となりました。

その分、埼玉大学同窓会への拠出金の額を増やし、ホームカミングデーを充実したものにしたり、大学への寄付を増額したり、教友会においては卒業後5年ごとに同窓会を開催したりできるようにしました。

なお、令和4年3月以降卒業・修了された方が、卒業・修了後入会される場合は、附属学校園への研究協議会等への参加が不可能となりますので、その分減額して入会できるようにしました(卒業・修了後の終身会費は、20,000円です)。

卒業・修了が昭和63年3月以前の方 5,000円
卒業・修了が平成元年3月から令和3年3月の方 10,000円
平成30年以降入学の学生(院生)の方 30,000円
入学が平成30年4月以降の入学で、卒業後入会される方 20,000円

※振込用紙は、教友会ホームページの「終身会員登録申込」にアクセスし、振込用紙を請求していただければ振込用紙を送付しますので、後日お振込みください。

【会費の使途について】
○会報「教友」の発行:令和3年度まで、卒業生向けには会報「教友」を、学生向けには会報「学友」を発行し、終身会員に送付してきました。令和4年度からは、会報「教友」に合本し、現在に至っています。
<学生会員の皆様>
○教員採用試験対策用DVDの提供:面接試験や論文試験対策を含めた幅広い内容のDVDを教友会で購入し、学生の皆様が活用できるようにしています。それまでの「寄附講座」(2単位、15コマ)を発展的に解消したものです。
○教員採用試験対策模擬個人面接への協力:大学(教育学部)が行う、2次試験対策用模擬個人面接の講師派遣等の協力を行っています。
○附属学校園で行われる研究協議会への支援:学生の皆様が参加し充実した学びの機会になるように、運営等のための支援を行っています。
<卒業生会員の皆様>
○「卒業5X周年同窓会」開催への補助:上記<入会手続きの経緯>にもありますように、平成30年度入学生から、それまで学部ごとにばらばらだった同窓会費を、一律30,000円に増額して納入していただくことになりました。その増額分を生かせるように、教友会では、「卒業5X周年同窓会」開催の補助を行い、これまで以上に会員相互の親睦を深めていただけるようにしました。
○「会員名簿」の発行:5年に一度、会員名簿を発行し、これに約1,000万円かかります。

○この他、定期総会等の開催費、埼玉大学ホームカミングデー開催への支援、埼玉大学同窓会への拠出金等を終身会費から支出しております。

※未納の方は、趣旨をご理解の上、入金・入会くださいますようお願いいたします。これまで継続されてきた事業等をさらに継続、発展させるためにも、ご協力をよろしくお願い申し上げます。

Q5.終身会員には、どのような特典があるのですか。

終身会員になると、「終身会員番号付きの終身会員証」をお送りします。ただし、学生会員には、終身会員カードを送付しております。附属学校・幼稚園等の研究協議会にご持参いただくと、指導案の配布や書籍等の割引があります。また、在学中及び卒業後、会報「教友」をご自宅に郵送いたします(令和6年度からは、5年間、郵送を希望する方のみに郵送しています)。

「教友」には、在学生向けの有益な情報(教員採用試験合格に向けての教職支援委員会からの情報提供や教職合格者から後輩へのアドバイスなど)だけでなく学部長、学長等の教友会会員への挨拶文や、キャンパスライフとしてのサークル紹介やゼミ紹介、様々な世代の同窓生から寄稿される同窓生の広場、総会報告、卒業5X周年同窓会報告、役員名簿や各種行事の紹介等の内容で構成されています。また、5年ごとに開催される卒業5X周年同窓会への運営費補助等により、学年同窓生の皆様の親睦がより深められるようにしております。

Q6.入学の時に終身会費を納めるのを忘れてしまいました。在学中、あるいは、卒業後でも入会できますか。終身会員への入会手続きを教えてください。

在学中や卒業後でも、終身会員登録はできます。入学の時点で入会をお願いしておりますが、慌ただしい中での入学手続きで、入会のチャンスを逃し、そのままにしてしまった方もみられます。

終身会費を納めていただいた時点で、終身会員となります。手続きは、Webで申し込みをしていただければ、ご記入いただいた住所宛に振込用紙をお送りいたします。

なお、卒業または入学年度により会費が異なりますので、卒業年のご記入をお願いいたします。

現在の終身会費は、Q4をご覧ください。

Q7.総会は、年1回開催されるように会則にありますが、だれでも参加できますか。

会員ならだれでも参加できます。開催場所と日時については、会報「教友」に、次年度の総会のお知らせをしてありますので、そちらをご覧ください。

なお本会の役員・学年理事の方には、ご案内をお送りいたします。特に、5X周年同窓会の開催予定学年の皆様には、その前年に、総会に引き続き、説明会を実施しますので、ぜひご参加ください。

Q8.各学年には、学年理事がいらっしゃいますが、どのようなことをするのですか。また、学年理事になるにはどうすればよいですか。

本会は、会員相互の親睦を深めることを主なねらいとしていますが、その1つとして、5年ごとに開催できる学年別同窓会(「卒業5X周年同窓会」)の運営費の一部を補助しております。

その、学年別同窓会の企画・運営等を中心になって進めていただく方が「学年理事」です。また、総会やホームカミングデーのご案内を学年理事の皆様に送付させていただいており、学年同窓生の窓口の役割も担っていただいています。会報「教友」に、学年ごとの学年理事名が掲載されていますが、学年によってその数に違いがあり、残念ながらまだ決まっていない学年もあります。

「学年理事」を希望される場合は、該当学年の「学年理事」の方にご連絡をいただき、その結果を事務局にご報告ください。本部常任委員会を経て委嘱いたします。

尚、学年理事が決定していない学年の場合は、事務局にご連絡ください。
同様の手続きで委嘱いたします。

Q9.令和2年度から、卒業5X周年同窓会が始まったようですが、どのような経緯からですか。

教友会トップページから、「卒業5X周年同窓会」を開いてください。そこでも説明してありますが、これまで、大学を卒業後、25周年(15周年)と退職時期(還暦の年)の2回、教友会主催で学年同窓会を開催しておりました。ただ、「卒業後2回では少なすぎる」「間が開き過ぎて、どうも」などといった声がありました。

また、平成30年度に入学した学生から、終身会費として3万円を入金していただいた関係で、会員に多くの還元をしたいということから、卒業後5年ごとに学年同窓会を開催していただけるように、開催にあたっては教友会が支援することにしました。当然、学年同窓会を開催するには、宛名シールや郵送料、打ち合わせの費用等の経費が必要になります。そこで、会から学年同窓会を開催するにあたっての運営費の一部を支援することにしました。1年に、最大12学年の同窓会が開催されることになりますが、会員相互の親睦を深める大切な機会と考えております。

当初の予定では、令和2年度からスタートする予定でしたが、コロナ禍にあって、残念ながら中止せざるを得なくなりました。その後、令和5年度から開催されるようになり、会報「教友」に同窓会の様子が報告されています。

詳しくは、卒業5X周年同窓会を開いてください。

Q10.会員名簿には、いつごろからの卒業生の名前が掲載されているのですか。

会員名簿は、師範学校当時からの卒業生の名前が掲載されており、約47,000名の氏名・住所・電話番号等が、卒業年度・課程ごとに掲載されております。現在、生存されている方は、約28,000名ですが、ご逝去された場合にもお名前だけは掲載しております。

また、埼玉縣師範学校以来、現在の教育学部の教員のお名前も掲載されております。(かつて国立大学の当時は、官職として文部教官が付いておりましたが、現在は国立大学法人となり、官名がなくなりました)

個人情報保護の観点から、ご本人が住所・電話番号の掲載を希望されない場合は、氏名のみ掲載しております(さらに、氏名まで掲載を希望されない場合は、すべて削除しました)。

  • 明治時代に発行されたもの

  • 昭和30年度版

  • 令和3年度版

Q11.会員名簿は、どのような手順で作成・発行されているのでしょうか。

令和2年度から、卒業後5年ごとに同窓会が開催できるような組織に変更しましたが、名簿がきちんと整っていないと、同窓会のご案内も出せません。

各学年の学年理事の方には、該当学年の名簿から宛名シールを作成して、お渡しするようにしております。

そのために、5年に1回の氏名・住所・勤務先等の確認をしておりますが、現在の方法ですと、約2万人の方々に送付状・はがき・振込用紙等の封入と送付で、1回につき、約1,000万円を要します。返送されたはがきをもとに、大元のデータを直していただくのもかなりの時間と経費を要します。このように、継続して卒業生の所在を確認するには経費と手間がかかります。当然この経費は、終身会費による教友会予算から支出されます。

また、氏名はあっても、住所・電話番号は掲載しないでほしい、さらに氏名まで削除してほしいという方もいて、個人情報を公表することの難しさを痛感しており、年々、名簿の作成が大変難しくなってまいりました。

今後、転勤等で、ご住所が変更になったときには、本会のホームページから、住所・氏名・電話番号等の変更を届けていただくように仕組みを整えました。

令和4年度から、この方式に完全に移行しましたので、よろしくお願いいたします。ご本人に変更していただかないと、住所等が変更になった場合には、会報「教友」の送付や同窓会のご案内が届かなくなります。

最低でも、年に1回は、ホームページを見ていただきたいと考えております。

【お願い】
住所等の変更届は、必ず教友会ホームページ「住所等登録内容変更から、お願いいたします。「会員名簿」の発行は、前述のような現状から今後の検討課題の一つと考えております。このことからも、住所等の変更届は必ず行うようにお願いいたします。

Q12.会員名簿が欲しいのですが、どうすればよいですか。

「令和3年度版会員名簿」を発刊し、会員の中でご希望された方に送付いたしました。尚、名簿の送付に当たっては、個人情報の保護へのご協力をお願いし、表紙にシリアルナンバーを付しております。
※現在は完売し、在庫はありません。

Q13.埼玉大学で行っている「ホームカミングデー」という催しはどのような内容ですか。

ホームカミングデーは、埼玉大学と埼玉大学同窓会の共催で、大学と卒業生・元教職員、地域の方々など、関係ある方々をつなげるイベントとして、毎年1回開催されているものです。

第1部は、学生表彰や研究発表、サークルアトラクション、講演会(これまでの講師として文化功労者顕彰の小松和彦氏、ノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章氏、バルセロナオリンピック〔女子柔道〕銀メダリストの溝口紀子氏など)などが、第2部は懇親会(その費用の一部を埼玉大学同窓会が補助)で、和やかな雰囲気の中で、旧交を温め合います。また、各学部イベントも開催されます。

ぜひ、多くの皆さんのご参加をお待ちしております。

※参加方法等につきましては、近くになりましたら、本ホームページからもお知らせいたします。

Q14.令和3年の埼玉大学ホームカミングデーで視聴できた「埼玉大学の今昔」という映像は、どのような内容で、その後も視聴できますか。

令和3年のホームカミングデーは、コロナ禍のため、対面では実施できませんでしたので、すべてオンラインでの開催となりました。その中で「埼玉大学の今昔」について紹介しました。

内容は、

<第1部>
・学長あいさつ 坂井貴文学長(他、役員紹介)
・埼玉大学同窓会会長あいさつ 金子美智雄会長(他、各学部同窓会長紹介)
・優秀学生表彰
講演会
講師 野瀬清喜氏(埼玉大学名誉教授・元オリンピックメダリスト)
演題 東京2020オリンピック、日本柔道の躍進を探る
・・視聴可能

<第2部>
・埼玉大学の近況 坂井貴文学長
・サークル紹介
埼玉大学の今昔 約30分
出演 金子美智雄
語り部 清水章夫、蓮見木予子、他

第1部 埼玉縣師範学校から常盤キャンパスまで
第2部 旧制浦和高等学校から北浦和キャンパスまで
第3部 大久保キャンパス創世期
等で構成されています。

YouTube・埼玉大学の今昔」でアクセスできます。

どうぞ、ご覧ください。(永久保存版)

Q15.「埼玉大学の今昔」を視聴したときに、ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章さんのコーナーの映像がありました。どこにあるのですか。

埼玉大学図書館の1階ロビーにあります。受付の方にお話をして、ご覧ください。

Q16.埼玉大学創基150周年記念事業の一環として、特別記念講演が行われたとのことですが、どのような内容ですか。

令和5年度のホームカミングデーでは、「埼玉大学創基150周年記念事業」の一環として、お二人の講師による特別記念講演が行われました。そのうちのお一人が、本会の金子美智雄顧問(埼玉大学同窓会顧問及び教友会顧問)で、演題は「埼玉県改正局・埼玉県師範学校から埼玉大学へ」でした。
ここでは、講演要旨の項目名を紹介します。
<項目名>
・明治5年 学制の頒布
・埼玉県改正局の設置
・改正局から師範学校の設置へ
・新築された鳳翔閣
・官立浦和高等学校の設置
・新制埼玉大学誕生の経緯
・新制埼玉大学に向けて
・以上の計画は、全て白紙に
・新制埼玉大学の誕生 文理学部と教育学部で
・新たな課題への取組み-学部改組とさらなる移転-
・北浦和キャンパスと常磐キャンパスのその後
・立ち並ぶ校舎・研究棟

 講演要旨の詳細は、令和6年2月29日発行『教友第94号』の26~28ページに掲載しておりますので、ぜひご覧ください。(本会HP 会報「教友」からもアクセスできます)

Q17.「埼玉大学創基150周年記念年表」が設置されていると聞きましたが、どこに設置されていて、また、どのような内容ですか。

Q16の特別記念講演は大変好評で、講演の時のパワーポイント等の資料を記念に残せないかという要望が各方面からあり、「埼玉大学創基150周年記念年表」として残すことになりました。
金子美智雄顧問のご尽力により、縦幅約90cm・横幅約5メートル(年表部分)の大作が完成し、教友会から学部に寄贈、現在、教育学部A棟2階エデュスポ内に設置されています。令和6年度のホームカミングデーの際に、エデュスポで「年表披露式」が行われました。
ホームカミングデー等の機会を利用して、ぜひご覧ください。
併せて、『教友第95号』の26・27ページに詳しい紹介を掲載しておりますので、こちらもぜひご覧ください。(本会HP 会報「教友」からもアクセスできます)

○年表の内容の動画視聴は、「YouTube・埼玉大学創基150周年記念」からでもアクセス可能です。

※埼玉縣師範学校(明治7年開校)、埼玉縣女子師範学校(明治34年開校)は昭和18年に、埼玉縣青年師範学校(大正11年開校)は昭和19年に「縣」がとれて官立になりました。

Q18.教友会(埼玉大学教育学部同窓会)と埼玉大学同窓会とは、どんな関係になっているのですか。

平成15年ごろ、埼玉大学内の5つの学部の同窓会連合会が設立されました。かつては、二つ(北浦和キャンパスの文理学部、常盤キャンパスの教育学部)に分かれていた学部が、昭和42年ごろから、大久保キャンパスに移転されました。

各学部の同窓会組織は、最初は文理学部と教育学部、経済短期大学部で発足したようです。その後、教育学部以外の、工学部、理学部、経済学部、教養学部の各学部同窓会組織が創設され、それぞれ活動しておりました。そして、平成15年に、連合体(埼玉大学同窓会連合会)として活動することになりました。

さらに、平成22年に、第1回埼玉大学ホームカミングデーを開催するにあたり、共催で実施することになり、会の名称も、「埼玉大学同窓会連合会」から、「埼玉大学同窓会」に変更になりました。そして、平成31年の総会で、同窓会規約も大幅に改定し、現在に至っております。

埼玉大学同窓会

  • 教養学部同窓会(けやき会)
  • 教友会(教育学部同窓会)
  • 経済学部同窓会(経和会)
  • 理学部同窓会
  • 工学部同窓会

Q19.昭和24年、開学当時の校舎は、常盤キャンパスと言われたようですがなぜですか。
また「鳳翔閣」と言われたようですが、どういうことですか。

開学当時の教育学部キャンパスは、浦和市常盤町にあった関係で、「常盤キャンパス」と言われます。

埼玉縣師範学校は、明治7年に浦和町岸村に建築され、その後、明治11年、現在の埼玉会館の地に移築されました。この校舎が「鳳翔閣」と言われる校舎で、明治天皇が東北地方に行幸された時に、最初の宿舎として使用されたようです。下見に来た、太政大臣三条實美により、「鳳翔閣」と命名されております。

その後、明治34年、埼玉縣師範学校は浦和町鯛が窪の地に移築されました。浦和町鯛が窪は、のちに常盤町と地名変更となり、昭和24年には、この校舎がそのまま埼玉大学教育学部となりました。

この地は、現在、さいたま市役所となっております。また、さいたま市役所には、この地にかつて埼玉縣師範学校があったことを記念する記念碑があります。

Q20.昭和24年、開学当時の校舎のうち、北浦和キャンパスとは何ですか。

開学当時の北浦和キャンパスは、いわゆる浦和市北浦和、つまり、JR北浦和駅前のキャンパスで、ここには、官立の旧制浦和高等学校があり、この学校を母体として、昭和24年、埼玉大学文理学部が誕生しました。

官立の旧制浦和高等学校は、旧制東京第一高等学校に並んで、東京帝国大学への進学率が高かったことで、全国的にも有名な高等学校だったようです。

旧制浦和高等学校の校舎は、昭和18年の空襲により、かなりの部分を焼失したようですが、昭和24年には、そのまま埼玉大学に移管されています。

北浦和キャンパスは、当時の文理学部、のちの教育学部、経済学部、理学部、工学部に改組されました。

北浦和キャンパスのうち、北側の半分は埼玉県が購入し、南側半分は浦和市が購入し、その資金と現在のさいたま市役所の敷地を浦和市に売却し、それらの資金を使って、大久保の地に校舎を建てて移築しました。

現在、北浦和キャンパスは、北側は埼玉県の管轄で北浦和公園となり、中に埼玉県立の近代美術館が、南側半分については、北側に浦和北公園が、南側にさいたま市立常盤小学校が建っています。

 

  • 旧制浦和高等学校の正門

  • 正門脇の銅板

  • 北浦和公園付近

  • 建設途中の大久保キャンパス

Q21.以前放映されたNHKの大河ドラマ「いだてん」に、野口源三郎という人が出演していました。教友会と関係のある人のようですが、どのような人物ですか。

野口源三郎氏(以下、野口源三郎)は、明治42年3月、埼玉縣師範学校本科第一部を卒業(「令和3年度版会員名簿」のP17に掲載)されており、私たちの大先輩です。埼玉縣師範学校卒業後、東京高等師範学校(その後、東京教育大学、現在の筑波大学)に進学、金栗四三の1年後輩で、二人は共にオリンピックに出場したリ、現在の大学駅伝を始めたりして、日本のスポーツ界に貢献しました。

特に、野口源三郎は、東京教育大学退官後、埼玉大学教育学部長としてもご尽力されたと「令和3年度版会員名簿」のP24「特別会員名簿」に記載されています。

また、埼玉大学構内に、胸像があります。

  • 胸像(右側)

  • 解 説

略歴を記載しておきます。

野口源三郎

1888年(明治21年)8月24日横瀬村(現在の深谷市)に生まれる。
生まれて間もなく、母死亡。岡部村(現在の深谷市)の野口家の養子となる。
1905年(明治38年)4月 埼玉縣師範学校(師範本科第一部)入学
1909年(明治42年)3月
21歳
埼玉縣師範学校(師範本科第一部)卒業
1911年(明治44年)4月
23歳
東京高等師範学校に入学
※金栗四三の一年後輩となる。
1912年(大正元年)(ストックホルムオリンピック)
※金栗四三は、マラソンの日本代表で出場
1915年(大正4年)
27歳
東京高等師範学校卒業、長野県松本中学校教員
1916年(大正5年)オリンピック(ベルリン五輪)第一次世界大戦で中止
1917年(大正6年)日本陸上選手権棒高跳びで日本記録を樹立
1920年(大正9年)
32歳
アントワープ五輪(ベルギー)
嘉納治五郎(東京高等師範学校長)に認められ日本代表
埼玉県初のオリンピック選手として、十種競技に出場
帰りに、スウェーデン視察・・・スポーツについて研究
1921年(大正10年)
33歳
大日本体育協会主事
1924年(大正13年)
36歳
パリオリンピック日本選手団団長
1925年(大正14年)
37歳
東京高等師範学校教員
1933年(昭和8年)
45歳
日本陸上連盟から功労賞受賞
1949年(昭和24年)
61歳
東京教育大学(後に筑波大学)教授
1951年(昭和26年)
63歳
東京教育大学退職(名誉教授)
埼玉大学教育学部教授
1953年(昭和28年)
65歳
埼玉大学教育学部長就任
1957年(昭和32年)
69歳
埼玉大学教育学部長退任
1958年(昭和33年)
70歳
埼玉大学教育学部退職(名誉教授)
1960年(昭和35年)
72歳
紫綬褒章
1964年(昭和39年)
76歳
勲三等瑞宝章

Q22.埼玉県がサッカーで有名なのは、埼玉師範学校が関係しているようなことを聞いたことがありますが、どのようなことですか。

東京高等師範学校で蹴球(フットボール・サッカー)を学び、卒業後、埼玉縣師範学校に教員として赴任した細木志朗氏(「令和3年度版会員名簿」の中の「特別会員名簿」P15)は、埼玉縣師範学校に「蹴球部」を設立して、学生の指導にあたりました。ここで指導を受けた学生は、卒業後着任した小学校で指導にあたったのが発端のようです。

さいたま市役所には、サッカー青年の像があり、細木氏を讃えています。像は、さいたま市役所の入口に造られています。浦和レッドダイヤモンド(浦和レッズ)のエンブレムに校舎のデザインがありますが、これはまさに、埼玉縣師範学校の校舎(鳳翔閣・三条實美太政大臣の命名)です。

エンブレムの上に、「埼玉縣師範学校」の校舎を位置付け、埼玉サッカー発祥の校舎を讃えているようです。あるいは、見守ってほしいという願いが込められているものと思われます。
(埼玉縣師範学校は、昭和18年に「縣」がとれて官立となりました。)

  • さいたま市役所の像

  • 浦和レッズのエンブレム

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