埼玉大学教育学部の同窓会 『教友会』 では、会員の皆様が交流を深める場として積極的に活動しています。

教友会Q&A

  • 埼玉大学教育学部同窓会(教友会)は、設立されて何年くらいになりますか。
  • 埼玉大学教育学部は、昭和24年に創立され、令和元年度に、創立70周年となりました。埼玉大学教育学部同窓会も埼玉大学教育学部開学と同時に設立されましたが、新設ではなく、埼玉県師範学校等の同窓会を廃止し、その後統合して設立されたものです。師範学校はすべて埼玉県立の学校でしたが、昭和24年に国立の埼玉大学が設立されたのを期に統合され、国に移管されました。
    埼玉県師範学校が設立されたのは、明治7年ですから、その時から計算すると、何と145年を超える歴史のある団体です。
 
  • これまでに、教育学部の卒業生は何人くらいになるのですか。
  • 埼玉大学教育学部の創立は、昭和24年ですが、大きく3つの学校が一つとなり同窓会が発足したことについては、Q1でも述べました。
    明治以来、卒業生の氏名は1冊の名簿に掲載され、5年ごとに発刊されてきました。学校で言えば、卒業生名簿台帳にあたるものです。最新のものは、平成28年に発刊しましたが、それによりますと、次のとおりです。(2019.1月15日現在)
    埼玉県師範学校の卒業生・・・・・・・・・・7,529人
    埼玉県女子師範学校の卒業生・・・・・・・・4,284人
    埼玉県青年師範学校の卒業生・・・・・・・・・ 715人
    幼稚園養成所卒業生・・・・・・・・・・・・・ 133人
    埼玉県立養護教諭養成所卒業生・・・・・・・・ 105人
    埼玉大学教育学部卒業生(院生を含む)・・30,327人
    埼玉大学教育学部学生・院生・・・・・・1,729人
    在学生を加えますと、約45,000名にもなります。
 
  • 会員名簿には、いつごろまでの名前が掲載されているのですか。
  • 会員名簿は、師範学校当時からの卒業生の名前が掲載されておりますので、約43,000名の氏名・住所・勤務先等が、卒業年度ごと、課程ごとに掲載されております。現在生存されている方は、約25,000名ですが、ご逝去された場合にもお名前だけは、掲載しております。
    また、埼玉師範学校以来、現在の教育学部の教員(かつて国立大学の当時は、官職として文部教官が付いておりましたが、現在は独立行政法人となり官名がなくなりました。)のお名前も掲載されております。個人情報保護の観点から、ご本人が掲載を希望されない場合は、氏名のみ掲載しております。
 
  • 会員名簿の発行は、どのような手順で作成されているのでしょうか。
  • 令和2年度から、卒業後5年ごとに同窓会が開催できるような組織に変更しましたが、名簿がきちんと整っていないと、同窓会のご案内も出せません。
    各学年の学年理事の方には、該当学年の名簿から、宛名シールを作成し、お渡しするようにしております。そのために、5年間に2回の氏名、住所、勤務先等の確認をしておりますが、現在の方法ですと、約2万人に、お一人200円の経費を要して、確認するのに、400万円、2回で800万円必要としますので、継続して卒業生の所在を確認するには経費と手間がかかります。当然この経費は、終身会費から支出されます。
    今後は、文書で確認するのは5年に1回とし、基本的には、ホームページから氏名・住所、勤務先等を変更できるよう仕組みを整えていきたいと考えております。
    令和2年度から、新方式に移行していきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。ご本人が変更していただかないと、住所等が変更ななった場合には、「教友」の郵送や、同窓会のご案内が届かなくなります。数年で行方不明しなってしまいます。最低でも、年に1回はホームページを見ていただきたいと考えております。
 
  • 教育学部同窓会(教友会)と埼玉大学同窓会は、どんな関係になっているのですか。
  • 平成15年ごろ、埼玉大学内の5つの学部の同窓会連合会が設立されました。かつては、二つ(北浦和キャンパスの文理学部、常盤キャンパスの教育学部)に分かれた学部が、昭和42年ごろ、大久保校舎に移転されました。
    最初は、文理学部と教育学部、経済短期大学部で発足したようです。その後、教育学部、工学部、理学部、経済学部と教養学部が独立、誕生し、それぞれ独立した同窓会組織で活動しておりましたが、平成15年に、埼玉大学同窓会連合会として、連合体としても活動をすることとなりました。
    さらに、平成22年に、第1回埼玉大学ホームカミングデーを開催するにあたり、共催で実施することとなり、会の名称も、埼玉大学同窓会連合会から、埼玉大学同窓会に変更となりました。
    そして、平成31年の総会のおり、同窓会規約も大幅に改定し、現在に至っております。
 
  • 終身会費は、全員が納入しているのですか。
  • 平成16年度から、入学する学生から会費を納入していただく方式となりました。
    基本的には、全員終身会員をめざしております。というのは、入学する学生の終身会費で会を運営しているからです。
    平成16年度以降、100%納入されている学年もありますし、最低では49%とう学年もあり、平均して82%程度の納入率となっています。
    教友会は、卒業生向けには、会報「教友」を、在校生向けには「学友」を発行し、終身会員に送付しております。また、5年に一度の会員名簿を発行しており、これに1,000万円ほど(会員の住所等の確認のための郵送料、手数料等)がかかります。
    また、学生向けに、教員採用試験対策として、寄付講座(2単位,15コマ)を実施(講師の選定を含む)、また教員採用2次試験対策、模擬面接の実施(講師の選定を含む)、また、埼玉大学ホームカミングデー・講演会・懇親会への支援、教友会総会・懇親会への支援、附属学校園で行われる研究協議会への参加費用補助(指導案の配付も)埼玉大学同窓会への拠出金等を行っております。これらは、すべて終身会費から支出しております。
    以上の理由から、運営には、かなりの予算を必要としておりますので、原則として全員、終身会費を納入していただきたく、お願いしているところです。未納の方は趣旨をご理解頂き、入金されますようお願いいたします。昭和30年以来継続されてきた事業をさらに継続・発展するためにも、よろしくお願いいたします。
 
  • 終身会員には、どんな特典があるのですか。
  • 終身会員になると、「登録番号付きの終身会員カード」をお送りします。
    附属学校・幼稚園等で開催される研究協議会に持参頂くと、書籍等の割引があります。また、在学生には機関誌「学友」、卒業後は機関誌「教友」を自宅に郵送いたします。
    「学友」は、教友会OBや大学の先生方からの挨拶文や先輩から後輩の皆さんへのメッセージ、教員採用試験対策、教育実習報告、教友会の紹介等が、また「教友」には、OBや学部長、学長等の教友会会員への挨拶文や、卒業生からの一言、あのときの思い出、総会報告、同窓会報告、会計報告や行事の紹介等の内容で構成されております。
    また、5年ごとに開催される卒業5X周年同窓会への運営費補助により同窓生の皆様の親睦がより深められるようにしています。
 
  • 終身会員への入会手続きを教えてください。
  • 終身会費を納めて頂いたときから、終身会員となります。手続きは、下記の用紙をプリントしていただくか、Web.で申し込みをしてください。
    ご記入頂いた住所あて振込み用紙をお送りします。なお、卒業または入学年度により会費が異なりますので、卒業年もご記入をお願いします。
    ・師範学校・埼玉大学昭和63年3月以前の卒業の方5,000円
    ・埼玉大学平成元年3月から平成18年3月卒10,000円
    ・埼玉大学平成16年4月から29年4月入学15,000円
    ・埼玉大学平成30年4月以降入学の方30,000円 (全学一律)
 
  • 会員名簿を欲しいのですが。どうすればよいですか。
  • 下の申し込み用紙にご記入頂き、申し込みをしてください。ただし、名簿は個人情報の固まりであり、会員以外には、お渡しできません。会員かどうかを確認してからお送りいたします。名簿代金は、1冊5000円となります。
 
  • 総会は、年1回開催されるように会則にありますが、誰でも参加できますか。
  • 基本的には、会員なら誰でも参加できます。開催場所と日時については、会報「教友」に、次年度の総会のお知らせを致しますので、そちらをご覧ください。ただし、会場の関係で、必ず申し込みをしてください。ただし、本会の役員・学年理事の方には、ご案内をさしあげます。
 
  • NHKの大河ドラマ「いだてん」に、野口源三郎という人が出演しておりました。教友会と関係のある人ですか。
  • 野口源三郎という人は、明治42年3月、埼玉師範学校本科第一部卒業(会員名簿28年度版 p17)に掲載されております。私どもの大先輩です。
    埼玉師範学校卒業後、東京高等師範学校(その後、東京教育大学、現在の筑波大学と改名)に進学、金栗四三の一年後輩で、二人は共にオリンピックに出場したり、現在の大学駅伝を始めたり、日本のスポーツ界に貢献しました。
    ことに、野口源三郎は、東京教育大学退官後、埼玉大学教育学部長としても尽力されたとのこと(会員名簿28年度版p24)という記載があります。
    また、埼玉大学構内に、胸像があります。

    略歴を記載しておきます。

    野口源三郎
    1888年(明治21年)8月24日
    横瀬村(現在深谷市)で生まれる。生まれてまもなく母死亡。岡部村(現在深谷市)の野口家の養子となる。
    1910年 22歳 明治42年3月
    埼玉師範学校(師範本科第一部卒業)
    1912年 24歳 明治44年4月
    東京高等師範学校に入学、金栗四三の一年後輩となる。 1912年 大正元年(ストックホルムオリンピック)
    ※金栗四三は、マラソンの日本代表で出場 1914年 26歳 大正3年 長野県松本中学校教員
    1916年 大正5年 オリンピック(ベルリン五輪)第一次世界大戦中止
    1917年 大正6年 日本陸上選手権棒高飛び日本新記録を樹立
    1920年 32歳 大正9年 アントワープ五輪(ベルギー)
    ・嘉納治五郎(東京高等師範学校校長)に認められ日本代表
    ・埼玉県初のオリンピック選手として10種競技に出場
    ・帰りにスウェーデン視察・・スポーツについて研究
    1921年 33歳 大正10年 大日本体育協会主事
    1924年 36歳 大正13年 パリオリンピック日本選手団団長
    1925年 37歳 大正14年 東京高等師範学校の教員
    1933年 45歳 昭和8年 日本陸上連盟から功労賞受賞
    1949年 62歳 昭和24年 国立東京教育大学 教授(後に筑波大学)
    1952年 65歳 昭和27年 国立東京教育大学退職(名誉教授)
    1952年 65歳 昭和27年 埼玉大学教育学部 教授
    1953年 66歳 昭和28年 埼玉大学教育学部長 就任
    1957年 70歳 昭和32年 埼玉大学教育学部長 辞任
    1958年 71歳 昭和33年 埼玉大学教育学部  辞職
    1960年 73歳 昭和35年 紫綬褒章
    1964年 77歳 昭和39年 勲三等瑞宝章
    (金子美智雄 調べ)
 

埼玉大学教育学部同窓会
教友会(きょうゆうかい)

さいたま市南区別所4-2-5

TEL:048-862-2214